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2022.02.08 スタンフォード大学講座より:ベンチャー企業の立ち上げ方

シリコンバレーを拠点に米国ベンチャー・イノベーションコンサルタントをしている安藤です。私は常々、四半期毎に新しいことへの学び、または既に知っていることをアップデートするため、何らかの講座を取ることにしていますが、特に地元シリコンバレーの代表的な大学であるスタンフォード大学の成人向け講座(Continuing Studies)は、度々チェックしています。

昨年秋には、ビジネススクール系の「スタートアップの立ち上げ方」という講座へ、約10週間に渡り参加しました。とても良い講座だったので、今回はその概要項目と、スタートアップにとって最も重要だと思う第2回、「人々が欲しがるものを作る」というテーマについて、簡単にご紹介したいと思います。

 

自ら数々のスタートアップを指導した講師が指導

この講座は、講師であるブレット・ウォーターズ(Bret Waters)氏が自らスタートアップ立ち上げを3度経験し、その後インキュベーターを通じて数多くのスタートアップにアドバイスし、数々の成功事例と失敗事例を見てきた経緯から、成功の確率を高めるにはどうしたらいいかをまとめたフレームワークが土台になっています。

フレームワークは大きく8つに分かれ、そのあらすじはMediumというブログサイトで公開していますが、ざっと以下の通りです。 

 

  • ・スタートアップの真実と誤解
  • ・人々が欲しがるものを作る
  • ・競合の「地図」をつくる
  • ・成長のエンジンを作る
  • ・経済モデルを作る
  • ・資本政策を作成する
  • ・顧客獲得「ファネル」を作る
  • ・「ストーリーテラー」になる

 

これらのうち、おそらく最も重要だと思われるのが、第2回の「人々が欲しがるものを作る」です。

それは何故かというと、まずここでつまづくのがスタートアップのみならず、既存企業の新規事業開発でもよくある例だと思うからです。

では、これをもう少し詳しく見てみましょう。

 

Build Something People Want (人々が欲しがるものを作る)

ちなみに「人々が欲しがる」というのは直訳で、ビジネス日本語的には「ニーズがある」とよく訳されますが、これは感覚的に少し違います。

例えば 、iPhone の発売前に顧客が iPhone のようなものを「ニーズ」として感じていたわけでは決してない。まだ見たことがないものに対して「ニーズ」は存在しないわけです。

でも実際にiPhoneを見た見込み客には、圧倒的な人気が出ました。

それでは、まだ存在しない製品を人々が欲しがるかどうか、どうやって見極めるのかという疑問が出ますが、まず製品を作ってマーケティングしてみるというのがMVP、つまりMinimum Viable Product(最小限の要求を満たした製品)で、Eric Ries氏の「リーン・スタートアップ」という本により、日本でもかなり知られていると思います。

それに比べ、まだあまり知られていない(と思う)のが、Ries氏の師であるSteve Blank氏の「まず顧客発見に注力せよ」という提唱です。Blank氏は、90年代に有名だったインターネットスタートアップのe.Piphanyや、他にもいくつかのベンチャーを立ち上げ、その後多数のスタートアップを指導し、シリコンバレーでは「ベンチャーのゴッドファーザー」と言われています。

Blank氏は、Customer Discovery(顧客の発見)というプロセスを通じ、実際に製品を作り上げる前にまずそういった製品の顧客が本当にいるかどうか、ヒアリング等で検証するようにと提唱しています。

詳しくは「The Four Steps to the Epiphany(邦題:アントレプレナーの教科書)」というBlank氏の著書にあるのですが、「リーン・スタートアップ」よりも比較的読みにくいので、さほど有名にならなかった要因の一つかもしれません。

話をスタンフォードの講義に戻すと、講師のWaters氏は最初に立ち上げたベンチャーで、まずアイディアをパワポでプレゼン資料にし、ベンチャーキャピタル投資家の友人へ持って行きました。1990年代終わりのドットコムバブル最盛期だったこともあり、割とすぐに$5Million(約5億円)の資金調達ができてしまいました。

それですぐにプログラマー30名を雇い、2年間かけてソフトウェアを開発して売り出そうとしたところ、そこではじめて、誰も欲しがらない製品だとわかったのです。

こういうと笑い話のようですが、Waters氏がその後数々のスタートアップを指導していく中で、このパターンが実は一番多いということに気づいたそうです。

その過程で上記の「カスタマーディスカバリー」を研究し、もし今同じようなスタートアップを立ち上げるのであれば、まずはベンチャーキャピタルから調達した5億円を銀行に預け、顧客の候補となるような人との対話を6ヶ月間繰り返し、どういったものにマーケットニーズがあるのかを確認してから開発するであろうと言っています。

この顧客のニーズがあるか検証する前に商品を開発してしまうのは、Waters氏の経験だけではなく、スタートアップでは今でも延々と繰り返されるパターンのようです。

 

誰も欲しがらなかったフォード

アメリカの新製品の失敗例として歴史上最も有名なのは、自動車会社フォードの「エドセル」であり、これは60年後の今でもMBAの学生たちのケーススタディとして学ばれています。そういった歴史があるにもかかわらず、顧客が欲していない製品を作ってしまうという同じ間違いが、何度も繰り返されています。

Edsel(画像:Wikipedia)

 

スタートアップの死因

最近、ベンチャー調査会社CB Insightsによる「スタートアップの死因トップ12」の調査でも、「マーケットニーズがない」が35%でトップとなっています。(一見「資金繰りに詰まった」の方が上位に見えますが、資金繰り悪化はそれ以外に問題があるためで、原因ではなく「結果」だといえます)

出所:CB Insights

 

起業家の必須ツール3つ

しかし、現代の起業家にとって幸運なのは、こういった失敗を防ぐために使えるツールが、ここ10年ほどの間に開発されていることです。

前述のスタンフォード大学の講座で指導された3つのコンセプトは、以下の通りです。 

  • ・プロダクト・マーケット・フィット
  • ・デザイン思考
  • ・リーン・スタートアップ

Waters氏は、「1999年最初の起業当時にこれらを知っていればよかった」と言っています。

「プロダクト・マーケット・フィット」とは、まさに「市場が求めているものと、製品が実現することの間に整合性があるか」ということで、前述の「顧客が欲しがる製品」と言い換えることもできます。

シリコンバレーの最有力ベンチャーキャピタルの一つ、Andreesen Horowitzの創立者で、1990年代のNetscapeはじめ数々のベンチャーを立ち上げているマーク・アンドリーセン氏が、2007年の非常に有名な投稿記事の中で、「スタートアップに関しては、このプロダクトマーケットフィットがなければ他に何があっても価値はない」と言い切っています。

“This post is all about the only thing that matters for a new startup.”

(この記事は、新規スタートアップにとって重要なたった一つのことについて述べている。)- Mark Andreesen

この投稿記事で、スタートアップ企業にとって最も重要な要素は以下の3つですが、

  • 人材(チーム)
  • 製品(または技術)
  • 市場

この3つのうちどれが一番重要かと問われれば、起業家やベンチャー投資家の多くは『人』であると答え、エンジニアの多くは『製品(または技術)』と答えます。

アンドリーセン氏は、「自分なら3つ目の『市場』が一番重要だと答える」と言っています。

その理由としては、非常にニーズのある素晴らしい市場をターゲットとした場合、つまり潜在顧客がたくさんいるのであれば、スタートアップ当初から市場のニーズが製品を「Pull」する、つまり引き出してくれます。

そのニーズを満たすためには、最高に素晴らしい技術チームや製品を持っている必要はなく、ニーズを満たすだけの基本的な製品を持っていれば良く、顧客がそういった製品を欲しくてドアを叩いている場合は無理にセールスする必要もなく、買いたい人たちからのメールに対応していれば良いのです。

逆にニーズのないマーケットでは、世界最高の製品とチームを持っていても失敗することになる、と言っています。

 

終わりに

いかがでしたでしょうか?

今回は最近聴講したスタンフォードのベンチャー講座を、ごく一部ですがご紹介しました。数々のスタートアップとベンチャー投資が繰り返されるシリコンバレーの真ん中では、常にこういった講座により、新しい世代の起業家たちを教育しようという試みがされています。

特に最近はほとんどの講座がオンラインなので、こういった講座に参加すると実に世界中(アジアだけではなく南米やウクライナなど)からの参加者を目にします。

残念ながら今まで日本からの参加者に会ったことがないのですが、時差の問題を除けば今は世界中どこからでも参加できますし、費用もそれほど高いわけではありません。(今回のベンチャー講座の場合は、3ヶ月で550ドル、約6万円)

ですので、日本の若い起業家志望の方(いや、若くなくて退職後の第2の起業でも良いのですが)にも、是非こういった講座へ参加してもらえればと思います。

 

著者紹介

安藤千春/ Chako Ando

米国ベンチャー・イノベーションコンサルタント。シリコンバレーを拠点とし、米国の先端事例を参考に新規事業・米国ベンチャー提携・イノベーション手法・調査、投資案件、日本企業との橋渡しを業務として活動。Cando Advisors LLC 代表。 (経歴)スタンフォード大学経営大学院修士(MBA): 東京外国語大学英米語学科卒業。旧日本興業銀行サンフランシスコ支店にてベンチャー・ファンド投資、住友銀行キャピタル・マーケッツ(NY)にてデリバティブ部門、大和証券ニューヨーク現地法人にてM&A、企業提携を担当。松井証券などのオンライン株式トレーディング・システム開発ベンチャー、ファイテック研究所の設立に参加。

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