【最新テックトレンドの裏側】第3回:「コンサルタントのスキル(その1)」“俯瞰力”と“ベンチマーキング力”

更新日:5月13日

はじめに

最新トレンドとして、デジタルというキーワードに注目が集まっています。また、新型コロナウイルスの影響もあって、システムは従来型のオンプレミスからネットワークで繋がるクラウドへトレンドシフトが加速しています。日本ではDXと言うとデジタル技術「D:デジタル」のデジタル・テクノロジーに注目が集まっていますが、アナログ(人手によるオペレーション)をデジタル(仕組みやシステムによるオペレーション)に置き換えるテクノロジーより重要なエクスチェンジ「X:業務プロセスの見直し」には無頓着な気がします。

その理由のひとつは、DXというキーワードで既存製品を売り込みたいベンダやコンサルファームがまだ多いからかもしれません。もちろん彼らは、それがDXだと思っているようなのですが、例えるならば原稿用紙に書く原稿もワープロで書く原稿も中身の作品の出来が良くなるわけではありませんから紙(アナログ)→ワープロ(デジタル)でも大差はありません。中身はお客様が考えて作るのは、昔も今も同じです。DXで“中身”を何にすればよいのか明確にイメージできない企業が多いので、“ERP導入でDX”、“品質検査をAIで画像解析するのもDX”、“複数工場間のOT系Data Lake構築もDX”など、“○○でDX”と名付けるとDXをやっている感があって安心しているのかもしれません。

今回のテーマは、コンサルタントとして身につけていると有効な2つのスキルと技術についてご紹介します。1つ目は企業全体を俯瞰して見る力(俯瞰力)、2つ目は他社の業務プロセスと比較して新しい強みを生み出すために有効な“ベンチマーキング力”についてお話したいと思います。

俯瞰力が足りないと部分最適になりやすい

企業活動は、全ての業務に起点と終点があります。(エンド・トゥー・エンドと言います)

業務システムでわかり易い例としては、お客様からの製品の問い合わせから始まる商談「受注管理」です。問い合わせに対して、見積書を作成して提案。価格や納期など条件交渉を経て注文が来ます。ここから受注となり、お客様へ製品の出荷を行い、お客様が商品を受け取って検収、製品の出荷で売上を計上、経理部門で売掛金(債権)管理を行って請求書をお客様へ送付、お客様から代金を回収して完了となります。これが販売管理における引合いから受注、受注から出荷、出荷から請求、請求から回収に至る一連の業務プロセスです。販売管理やERPの研修で良く出てくるシナリオです。

 

このシナリオをデジタル化する場合、この一連の処理を手作業からシステムなど自動化する仕組みへ置き換えることになります。しかし、単に置き換えるだけだと従来の販売管理システムやERPなどと同じなのでデジタル化ではなくシステム化になってしまいます。「デジタル化する」ということは、業務プロセスから見直して、シナリオの業務レベルは落とさずに飛躍的に処理スピードを上げて手間を省いくエクスチェンジ(業務の変換/見直し)を含めてデジタル・エクスチェンジするDX化を考えなければなりません。デジタルに置き換えるだけでは、エクスチェンジ「X」が抜けた従来のシステムと同じなのです。つまり「X」が大切なのです。NHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトX」的な、感動やサプライズ的な要素がそこには求められると思うのです。業務プロセスをデジタル化して、これを抜本的に再編成して高い効果を狙います。

 

何が言いたいかというと、失敗するプロジェクトは総じて「業務プロセスを俯瞰する」という発想が欠けているような気がします。プロジェクトでお客様と打合せをすると、お客様側に業務プロセスのイメージが抜けているように思うケースが多々あります。そこで、お客様に、対象となるテーマ(課題となる業務要件)について起点と終点に至る全ての業務プロセスとそこで必要となる情報(Excelや帳票、紙やシステムなど)を全て伺います。このひと手間がポイントです。

例えば、次のような手順でプロジェクトに取り組みます。

 

①起点と終点、途中の工程を全て洗い出す

②関係する人・組織と役割を洗い出す

③商流(商談ルート)、物流(商品/サービスのルート)、金流(お金のルート)

④正しい処理と例外処理(例外処理が無いケースはまず無い)の洗い出し

⑤各処理で内容管理している情報(紙、Excel帳票、システムなど)

⑥問題となっている課題(AS-IS)とあるべき姿(TO-BE)

⑦プロジェクトのテーマ(課題となっている業務要件)を明確化

⑧プロジェクトで狙う効果(費用対効果を定性的/定量的/戦略的の3つの視点で検討)

⑨プロジェクトの実証検証(仮説と検証を検討してトライアル)

⑩プロジェクトを実行(計画策定/進捗管理/導入完了)

⑪プロジェクト評価(KPI:評価管理指標を決める)

⑫全体の総括と次の取り組みについて検討する

 

ネットやセミナーで聞くDXプロジェクトは⑦~⑩がメインですが、実際には①~⑥の事前準備が重要だと考えています。その理由は、ピンポイントなプロジェクトでは部分的に課題が解決しても全体を見るとあまり効果が出ていなかったり、別の部分にしわ寄せが生じたりするケースが多いからです。また、DXプロジェクトでは良くあるケースですが、直接関わっているメンバーの意識は高くても他部門やお客様には共感が得られないというものです。経営陣やマーケティング部門は評価してくれますが、こうしたケースの大半はその場限りで、苦労した割には得るものが少ないようです。せっかくのDXプロジェクトですが、デジタルにフォーカスし過ぎて部分最適な取り組みになってしまっているのかもしれません。

 

日本企業の半分以上が、なんらかのDXプロジェクトに取り組んでいるようですが、社内の特定業務や狭い範囲を対象とした内向きのDX“守りのDX”が多くて、お客様や取引先(仕入先や委託先)など外向きのDX“攻めのDX”が少なく横展開しない(限定的すぎて広がらない)と言われています。失敗はしないけれど成功ではない理由の1つは、業務プロセス全体を俯瞰したダイナミックな取り組みが欠けているからかもしれません。

 

失敗リスクを恐れず、攻めの姿勢でもっと挑戦して欲しいと思います。ちなみに、ERP導入プロジェクトでも、業務プロセス全体を俯瞰する必要があります。しかし、機能が大きく業務シナリオも複雑なのでここ最近そういう考え方をするERPコンサルタントは少なくなっています。しかし、ERPシステムは業務プロセスと組織が連携していますので、実は全体を俯瞰するイメージやポイントを知っていると便利です。これがテクニカルの裏技です。

  

【図表】SAPの組織構造基本データモデル

  

【図表】SAPのマスタ連携イメージ

  

【図表】ERPの伝票フロー参考例(受注→出荷→請求)

 

ベンチマーキング力で先行事例を超える新しい業務プロセスを生み出す

ベンダやコンサルファームが出す提案書には、多くの場合先行事例とその効果が書かれています。多くの企業は、その提案書を見て「これならウチでもいけそうだ」とイメージしながらプロジェクトが始まるのですが、本当にそれだけでいいのでしょうか?

このやり方だと、先行事例と同等レベルの効果は期待できますがそこまでです。後追いなのに、効果は同じだと目立ちませんし差別化にもなりません。失敗リスクを恐れるチームリーダーの気持ちも分からないでもありませんが、そんなリーダーシップではいずれ息詰まるような気がします。特にDXプロジェクトや新製品開発プロジェクトなどに取り組む場合は先行事例と比較して、2倍や3倍の効果を狙うべきではないでしょうか。あるいは先行事例の半分のプロジェクト期間や半分以下のコストで同等の効果を出すなど如何でしょうか。ここが、コンサルタントの腕の見せどころです。こうした場合に使う手法の1つがベンチマーキングです。

 

ベンチマーキングとは

ベンチマーキングとは、他社や異業種企業の優れた仕組みや成功事例を参考にして、自分の組織に取り入れる手法です。比較分析するポイントは、組織、リソース(経営資源:人/モノ/カネなど)、ビジネス環境と業務プロセスの違いです。比較検討することで、業務の問題点と改善の方向を明確にします。簡単に言えば、成功企業の優れている部分を自社流にアレンジして取り込むということになります。

 

企業内でも、組織内やグループ内で似通った業務の優れたところを取り入れて効果を上げることができます。社内なので、具体的な数値やボトルネックが分かりやすくて即効性があるカイゼンは見込める反面、同じ社内なので飛躍的な効果や全く新しい発想は生まれにくいと言えます。外部コンサルタントが期待される重要スキルの1つは“ベンチマーキング力”だと言えるでしょう。“ベンチマーキング力”は異なる事例を比較するために必要な観察とロジカルな分析力です。

 

さらに、これを分かりやすく説明するプレゼンスキルも重要です。筆者は、以前にBPMベンダの業務プロセスマネジメントのコンサルティングトレーニングを受講したことがありますが、その研修ケースは「カレーライスの作り方」でした。材料の準備、料理手順(業務プロセス)、その情報管理といった一連のプロセスを書き出します。何人かで実際にやってみると分かるのですが、人によって具材や味付けなど実にいろいろなパターンが存在します。これがBPMの基本的な考え方につながります。

 

参考までに、SAPの産業機械(IM&C)向けのベストプラクティス(業務シナリオのリファレンスモデル)よりE75:サービス-オンサイトサービス(納入機器の障害に対して、サービス技術員を納入先へ派遣して検査・部品交換を行い、契約に沿った時間内で効率よく障害対応を実施するシナリオ)をベンチマーキングして、これを顧客がセルフサービスで実施するシナリオにカスタマイズしてみました。

 

【図表】E75:サービス-オンサイトサービス(参考元)

 

【図表】E75オンライン対応:サービス-オンライン・カスタマーセルフサービス(作成)

 

このように、ベンチマーキング力を使って新しい業務プロセスを考えることが出来ます。業務シナリオごとに、プロセスをエンド・トゥー・エンドで書き起こして、ここからニーズに合わせてカスタマイズすることが出来ます。

  

 

まとめ

今回はコンサルタントにとって有効なスキル(その1)として、“俯瞰力”と“ベンチマーキング力”についてご紹介しました。この2つのスキルは、基本的なスキルとして出来るだけ身につけたほうが良いと思います。システムの機能や操作方法付ではなく、ノウハウとしてシステムやテクノロジーの活用方法をお客様に分かりやすく説明するための手段として使います。IT業界では、手段と目的を取り違えることが多く特定のシステムやソリューションを導入することが成功だと勘違いしてしまいがちですがそれは間違いだと思います。ERPやAI、DXを導入したとしても、企業の業績や成長に繋がっていなければ問題なく稼働していても失敗プロジェクトなのです。俯瞰力やベンチマーキング力は、企業の状況を把握してどのような打ち手を取れば良いのかを見極めるために必要なスキルです。これを習得するには、実際のプロジェクトで失敗を繰り返して試行錯誤しながら経験から学びます。痛い失敗は忘れられないので、必ず身になるノウハウにつながります。コンサルタントのスキルと経験はこうして身につけていきます。

 

著者紹介

鍋野 敬一郎(なべの けいいちろう)

同志社大学工学部化学工学科卒業(生化学研究室)、1989年米国総合化学デュポン社(現ダウ・デュポン社)入社、1998年独ソフトウェアSAP社を経て、2005年にフロンティアワン設立。業務系(プロセス系:化学プラントや医薬品開発など、ディスクリート系:組立加工工場や保全など)の業界および業務、システムの調査・企画・開発・導入の支援に携わる。2015年より一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)サポート会員となり、総合企画委員会委員、IVI公式エバンジェリストなどを務める。その他、エッジAIベンチャーのエイシング社アドバイザーなど。

著書:「デジタルファースト・ソサエティ」日刊工業新聞社 (2019/12/11)

共著:福本 勲  (著), 鍋野 敬一郎 (著), 幸坂 知樹 (著)