【サンフランシスコ現地事情】第4回|インポスター症候群とは何か

更新日:8月4日

最近、地元シリコンバレーの女性コンサルタント仲間の複数の人から「インポスター症候群(英語ではImpostor Syndrome)」という言葉を聞く機会がありました。そこで今回はこの「症候群」について、どうして今話題になっているのか、その対策法などについてまとめてみたいと思います。

 

Photo by Keren Levand on Unsplash

そもそもインポスター症候群とは何か

インポスター(Impostor)とは「詐欺師」という意味で、インポスター症候群とは名声や成功を手に入れた人が「実は自分はそれほど能力がないのに過大評価されている(周囲を騙している詐欺師のような気分だ」)と感じることとされています。

そして、これは大きな成果を上げているいわゆる「ハイアチーバー」にみられます。

その中でも特に女性に多く、また米国では、今まで比較的社会的な地位を得られなかった有色人種にみられることも多いです。

そもそもこの概念は1978年に心理学者のポーリン・ローズ・クランスとスザンヌ・アイムスが行なった研究から始まっています。

この二人の学者は「特に女性で学業や仕事で成績をあげても、 自分は実際に優秀でなく、周囲の人に優秀なふりをしているように自分では感じている人が多い」と観察しています。

 

当初の1970年代の研究から40年以上経った今でも、このインポスターの心理にとらわれているという人は後を絶ちません。この10年間では例えば米国で最も強力なキャリアを築いた女性、Facebook のナンバー2、COOであるシェリル・サンドバーグ、前大統領の夫人で米国では女子学生などのキャリア選択に多大な影響を与えているミシェル・オバマなどもこの症候群に悩まされたと語っています。

 

インポスター症候群は今のところ特に精神病の領域と認められているわけではなく、一般的には個人の感じ方、心の持ち方とされています。また、これにかかる人の割合も珍しいわけではなく、2019年に14,000名を対象に行われたメタ ・スタディーでは、実に82%の人が生涯のどこかの時点でこの兆候を感じたことがあるということです。

 

どうして今再び話題になっているのか

では、すでに40年以上前からある言葉なのに、どうして今再び話題になっているのか。 筆者の考えるところでは三つほどの原因が思い当たります。

一つは最近刊行され、特に米国の女性プロフェッショナルの間で話題になっている本です。

 “The Secret Thoughts of Successful Women: Why Capable People Suffer from the Impostor Syndrome and How to Thrive in Spite of It.” (直訳すると「成功する女性の秘密の思考」:有能な人が詐欺師症候群に悩む理由と、それを克服して成功する方法」)

 

二つ目はコロナによる自宅待機・自宅勤務の影響で、もともとこの症候群にかかっている傾向のある人に拍車がかかったのではないかという問題。また、三つ目は昨年米国ではちょうどパンデミックと同時期に、今まで社会的にマイノリティであった有色人種をもっと公平に扱おうという「Black Lives Matter (BLM)」運動がありました。それに加えてアジア人に対する迫害や暴力などが顕著になったことから、特に今まで力が弱いと見られていたアジア系女性の中に、このインポスター症候群に悩んでいる方が多いのではないかという点が、改めて注目されるようになっています。

この2、3番目の理由についてもう少し詳しく説明しましょう。

 

パンデミックで再び注目

今、再びこのインポスター症候群が注目されているもう一つの理由は、パンデミック下で特にインポスター症候群が増えたのではないかということです。

 

特に、一時解雇などが増えて精神的にもストレスが増えた。それから、一時解雇が終わって再び就職した時にも、まだ失業中の元同僚に比べて優れているわけではないのに、間違えて選ばれ評価されたのではないかと感じる、ある意味の罪悪感、などがあげられています。

 

さらに一人で仕事をしている人は、他人から常に自分を評価するフィードバックをもらう機会がないため、インポスター的な感情を持ちやすいという観察もあります。これがパンデミックで自宅勤務が増え、上司や同僚からのフィードバックがなくなった状況で自信のなさに繋がったという観察もあります。

 

特にアジア人女性の問題でもある

インポスター症候群は一般に、男性よりも女性の方が陥る比率が格段に多いといいます。また、米国に限っていえば、女性の中でも特にこれが強い傾向のあるグループがあります。 それがアジア人女性です。

アメリカ社会において、一般的にアジア人女性は元々男性優位の社会からの移民が多いため、米国籍になってから何代目かになっても、女性があまり社会に出て活躍するのはよろしくないというような風潮を家族で受け継いでいる例も多いと言われます。

また回りの白人社会からみた場合に、アジア人はどうしても女性の影が薄いと見られる傾向もあります。

そのため、今まで力が弱いと見られていたアジア系女性の成功者の中に、このインポスター症候群に悩んでいる方が多いのではないか。そういったことで特に今注目されているともいえます。

 

克服するにはどうすればいいのか:Fake it till You Make It

ところで前述のThe Secret Thoughts of Successful Womenという本には、このインポスター症候群の特に女性に対する一つの克服方法として“Fake it Till You Make It”という方法が挙げられています。

 

これは英語の慣用句なのですが大まかに言うと「本当に成功するまで成功しているふりをしろ」となります。

Fake itとか、「ふりをする」いうのは一般的には何かを偽ることで良くないことかと思われますが、実はこれは行動心理学的にも一理あることです。自分が成功しているように振る舞っているうちに段々行動によって本質も変わってくるということがあります。

 

そのため、上記の「成功するまで成功するふりをしている」というのも一理あるのです。行動的に成功しているように振る舞っているうちに、本当に段々成功してくる場合が多いというわけです。

これを使った例は有名人にもあります。グラミー賞受賞のシンガーソングライターであるジェームス・テイラーも「自分がシンガーソングライターだというフリをしているうちに、本当にシンガーソングライターになった」という意味で、この方法が非常に有効だったと述べています。

 

また、米国で非常に評価が高い深夜のニュース番組「ナイトライン」の司会者であったテット・コッペル氏に「そのテーマについて難しい質問をするほど十分な知識がないと感じたことはありませんか?」と聞いたところコッペル氏は「もちろんテーマによっては十分な知識がないこともありうる。でもほとんど何も知らないからといってそれがハンデになるとは思いません。」と答えています。

 

その理由は、もともとそのテーマについて知らなくても極短期間に少しの情報をピックアップすることができ、それをもとに「誰にも負けない強気な態度をとることができる(原文:To be able to bullshit my way with the best of them.)」と述べています。

 

英語の「Bullshit」は色々な意味がありますが、「でたらめを言う」というネガティブな意味で使われることが多いです。しかし、このニュースキャスターはそれを逆にとり、少しでも知っていることでなんとか強気に知っているような態度でインタビューを行うことができると言っています。

 

自信のないインポスター症候群の特に女性にとって「振りをする」勇気をもってでもこういった態度をとることも重要だとこの本では述べています。

 

逆に、自分に自信が持てるようになるまで待って、完全に実力がついてから何かしようとすると、完璧主義の弊害にもつながり、いつまで努力しても結局きりがないということにもなりかねません。

 

謙譲を美徳とする日本人は特に要注意

ここで米国におけるアジア人であることに加えて、個人的にはもう一つ日本人であることの要注意点があるのではないかという気がしています。

 

一般に日本人は特に自分の能力を過大宣伝せず、かえって謙遜することが美徳とされる傾向がありますよね。(「不言実行」という言葉もあり)これが米国では、マイナスとなる場合も多いと思うのです。

 

先日、大学院時代のルームメイトであった海部美知さん(シリコンバレー在住の経営コンサルタント)のところで茶のみ話をしていて、「最近スタンフォードに入る倍率が高すぎてほとんど宝くじの世界だよね」という話題になりました。「どうやって我々はスタンフォードのビジネススクールに入れたんだろうね」と。

 

まぁ、1980年代だったから今ほど競争率が激しくなかっただろうとか、そもそもインターネットの出現以前なのでスタンフォードやシリコンバレーが今ほどもてはやされる風潮ではなかったとか、いろいろ二人で推測していました。

 

あとから考えてみると彼女みたいな人がこう考えるのは、やはりインポスター症候群に日本人特有の「謙譲の美徳」が重なっているんじゃないかなという気がしました。

 

海部さんは最近発行された「シリコンバレーの金儲け」をはじめビジネス書を3冊出しており、今は早稲田大学の大学院などでも教えている。その彼女が、こういった言い方をするわけです。

 

もちろんアメリカ人は全く謙遜しないというのは全くのデタラメで、アメリカ人でも自分の能力以上に「俺が俺が」という宣伝をする人は基本的には嫌われます。また、本当に実力・実績のある人ほど謙虚な言い方をするというところは、基本的には日本人にも共通しているかと思います。

 

ただし、日本的な「必要以上に謙虚になりへりくだるのが美徳」で、その謙虚の裏側に実は実力があることを「言わなくても察してほしい」というのはなかなか通用しにくいです。やはり、「自分の実力や実績の正当な評価まではちゃんと主張する」というのがアメリカ社会です。

 

そのため、近頃流行っている「インポスター症候群」にどういう傾向・弊害があるのか、特に行き過ぎた謙虚さを口にすることによりマイナスな面があるかもしれないということを、米国にいる日本人だけではなくアメリカや西洋の社会と接することが多い日本のビジネスパーソンなども認識しておく必要があるかなと思っています。

 

著者紹介

安藤千春/ Chako Ando

米国ベンチャー・イノベーションコンサルタント。サンフランシスコ・ベイエリアを拠点とし、米国の先端事例を参考に新規事業・リモートワーク・米国ベンチャー企業・イノベーション手法・フィンテック業界の調査、投資案件、日本企業との橋渡しを業務として活動。Cando Advisors LLC 代表。

(経歴)スタンフォード大学経営大学院修士(MBA): 東京外国語大学英米語学科卒業。旧日本興業銀行サンフランシスコ支店にてベンチャー・ファンド投資、住友銀行キャピタル・マーケッツ(NY)にてデリバティブ部門、大和証券ニューヨーク現地法人にてM&A、企業提携を担当。松井証券などのオンライン株式トレーディング・システム開発ベンチャー、ファイテック研究所の設立に参加。