【サンフランシスコ現地事情】第2回|ホームレス問題:シリコンバレーの光と影
更新日:4月14日
こんにちは、カリフォルニア在住のコンサルタント、安藤です。こちらでは4月半ばからほぼ全部の人口にワクチン接種が可能となり、やっとほっとする一方、油断で感染対策を緩めるケースで週ごとの感染数は再び上昇、という一進一退の状況です。
今月はいきなり一寸深刻な話題ですが、今のカリフォルニアにおいて、避けて通れない「ホームレス」の話を、地元で毎日実感している目線でお話しします。
カリフォルニアのホームレス人口
カリフォルニアは最も先進的な巨大テクノロジー企業・スタートアップが多く、そういった企業の高い給料や株式公開によって「億万長者」が量産されている地域として知られており、高額なテスラ車もとても頻繁に見かけるようになりました。
一方それなのに(というか後述しますが、それだから)、住む家がなく路上や車で生活する「ホームレス人口」も全米中で極めて多く、しかも近年急増して危機的状況になっています。
この、カリフォルニアの最も差し迫った問題は、「カリフォルニアの恥」的一面もあります。富とイノベーションが集中した州で一方、住む家がなく、安全な場所に住めない人の数が増え続けており、現在では15万人以上が路上・車・シェルターで寝泊まりしているそうです。
2019年現在カリフォルニア州のホームレス人口は約15万1千人、2017年から2年で17%増。ただ、ホームレス人口の正確な把握自体が難しいため、本当はその2~3倍、という指摘もあります。
国連の視察団はサンフランシスコのテント村を見学、ニューデリーやメキシコシティのスラム街のようだ、とコメントしています。
カリフォルニアのホームレスのたまり場としてはロサンゼルスのスキッドロー(Skid Row)というところが有名ですが、サンフランシスコ近郊のイーストベイ(橋を渡って東側)、オークランドにも多く、特に近年、2017-2019年に47%の増加と言われています。(「ホームレスが多い市」というのは必ずしも最貧民街というわけではなく、ホームレスに寛容な、強制逮捕や収容をしない、という政策をとっている市にホームレス人口が集中、ということもあります。これによってもともとリベラルなサンフランシスコ・バークレー・オークランドなどには多い。)
なぜカリフォルニアに多いか
人口からいってアメリカ最大の州であるカリフォルニアが米国内で最も多くのホームレス人口を抱えている事は特に驚くことではありません。しかし人口比から見ると、アメリカ人のうち9人の1人がカリフォルニアに住んでいる一方で、ホームレスの約4人に1人がカリフォルニアに在住。特に、シェルターのないホームレス生活、つまり路上生活をしているホームレスの人の割合がカリフォルニアが1番多いのです。(当然、シェルター生活より路上生活の方が危険度が高いため、この層が一番問題とされています。)
下のグラフに見られるように、単体の市としてホームレス人口が一番多いのはニューヨーク市ですが、カリフォルニアでは人口の多いロサンゼルス市・郡をはじめ多くの市がホームレス人口の多い筆頭リストにあがっています。
ホームレスの人口構成
米国住宅都市開発省(HUD)によると、カリフォルニア州のホームレス人口の約30%が黒人。賃貸住宅に人種差別によって入居できない、黒人家庭の貧困率の高さ、州内の投獄や児童福祉制度における黒人の割合の高さなどが、ホームレス状態にあるアフリカ系アメリカ人の多さにつながっているようです。
原因
ホームレスになってしまう原因は、精神病、依存症、幼少期のトラウマ、犯罪経験、貧困などが大きく影響するそうです。一部メディアやブログの意見では、ホームレスはメンタルのケースか、自分でそういった生活を選んでいる人口が多いのだ、と言う意見もあります。しかし統計から見る限りそうとも限らないようです。
特に、平均所得の高いカリフォルニア州にホームレス人口の割合が高い大きな原因は住宅価格の高さから来る住宅難です。特に賃貸アパート代はこの10年間で約2倍に高騰。また、日本に比べ貧富の差の開きが大きい米国では、この高騰した家賃を払えない層が多い。
2020年1月時点ではカリフォルニア一戸建て住宅のメディアン(中心価格)は$61.5万ドル(約6,700万円)とされています。
NPO「California Housing Partnership」によると、カリフォルニア州の賃貸世帯のうち約130万世帯が年収2万5,000ドル以下の「極度の低所得」とされている。当然のことながら、これらの世帯は、高騰する家賃を支払うのがやっとであり、ホームレスになる危険性が最も高いのです。
家賃の上昇により、カリフォルニアの手頃な価格の賃貸住宅が激減し、低所得者向けの住宅が140万戸も不足しているそうです。この不足分を政府の補助による住宅で補えれば良いのですがとても財源が追いついていない。非常に高くつくためで、カリフォルニア州民でで低所得の為、福祉住宅を必要とするすべての人のために新しく住宅を建築すると年間150億ドルから300億ドル(1.5兆~3兆円)もかかる、という試算も出ています。
(左の青色の部分、低所得の賃貸住宅を必要にしている人口に対し、右の青色、低価格の賃貸住宅が少ないため灰色が不足分となる)
薬物依存・精神的問題
また、ホームレス人口がすべて薬物依存や精神的問題がある、というのは偏見をあおる原因にもあるので軽々しく言うべきはないが確かに、要因の大きな部分ではあります。全米のホームレスの約半数が、住居を失った原因として、精神病的な問題や薬物乱用があったとの報告があります。貧困・薬物依存・精神衛生の問題は互いに絡んでいることもあり、簡単な解決への道筋が見えにくい一因でもあります。
これはカリフォルニアに限った問題ではないのですが特にカリフォルニア州ではずっと過去に遡っての法令・政策から、1)精神病者・麻薬中毒患者などの強制治療、精神科施設への強制入居をさせられない、2)刑務所入所の人数制限、などが路上生活を強いられるホームレス人口増加に繋がっているという指摘もあります。
つまり、本来なら精神科に入所する、刑務所に入る(他州では刑務所行きになる薬物系の比較的軽い犯罪がカリフォルニアでは見逃される)べき人口がホームレスになってしまう、というわけです。
解決策
「ハウジング・ファースト」
もちろん連邦・州政府により様々なホームレス解決策が試みられています。
他州の例ですが特に効果があった例として知られているのは、ユタ州で2004年から2013年の間に実施された「ハウジングファースト」、つまり「まずは住まいを与えることから」、と言うプログラムです。このプログラムにより同州では約10年間に慢性的ホームレスの数が91%減少したということです。
これは臨床心理学者のサム・ツェンベリスが主催するNPO の活動から生み出されたもので、ハウジングファーストのアプローチでは慢性的ホームレスにまず、無条件に住む場所が提供されました。
かってのやり方では、ホームレスの人はまずアルコールや薬物をへの依存を断って、初めて補助付きの住まいを与えられていました。ハウジングファーストのプログラムではその逆で、まずは屋根の下で暮らせるようにしてからその後依存症治療などをはじめる。
この考え方が成功した理由は、路上生活で不安があるうちに依存症を解決するのは無理で、まず安心できる住まいができてからその後で治療や職業訓練をした方が効果が上がるとしています。
オバマ政権の下では連邦政府のプログラムもこの「ハウジングファースト」思想に沿って資金が割り振られていました。トランプ前政権ではこれを正式に方向転換したわけではありませんが、どちらかと言うとホームレスの「取り締まり」に重点を置く方向が強くなったという見方があり、バイデン新政権の政策が待たれるところでもあります。
企業からの援助
カリフォルニア政府の財源だけでは足りないところをシリコンバレーやその他の企業からの援助によって賄おうという動きも見られます。
例えばアップル社は2020年7月、カリフォルニア州での低価格の住宅を初めて購入する人を対象とした支援プログラムに総額4億米ドル(約430億円)以上を拠出すると発表しました。同社は2019年にもカリフォルニアの住宅開発支援に25億米ドルを費やすと発表しており、今回の施策もその一環。
又同じく2020年12月にはフェイスブックがカリフォルニア州最大のコミュニティ住宅基金を新たに設立すると発表。アフォーダブル住宅(低価格住宅)を最低2,000世帯建築するため、同基金を通じ、1.5億ドル(約155億円)を寄付するとしています。
こういった企業の動きは「慈善事業」だけでなく差し迫った現実的なニーズに基づくものでもあります。家賃・マイホームの価格が高すぎて普通の給料では暮らせないため従業員の採用に支障が出てきている、また既にいる社員でも家族連れで安心して住めない地域(ホームレスキャンプがすぐ近くにあるなど)でカリフォルニアでの勤務を諦め州外に移住してしまうケースが多い、などの対策です。
緊急対応策
2020年にはコロナ下の緊急対応策としてサンフランシスコ市を中心に、空きのあるホテルに路上生活者を収容するというプログラムが作動しました。これは、混み合った路上で生活しており衛生・健康上のサービスも受けられないホームレスに特にコロナ感染のリスクが高いためです。しかし、コロナ収束の方向に向かいつつある現在ではこの収容人口を「コロナ後」にどう扱うか、という問題が高まっています。
また前述のように、ホームレス人口がこの2年で47%増加したオークランド市では、窮余の策として、元は道具の格納に使っていたような金属製の簡易な掘っ立て小屋に路上生活者を移すという計画を実行しています。この「キャビンコミュニティー」と言われる簡易住宅では、電気、警備、支援サービスが提供されています。反対派はこういった窮屈な構造は永久的な支援住宅の代わりにしてはならないとしていますが、ここに移されたホームレスの3人に2人はその後長期的なシェルターを見つけて移ることに成功しています。
こういった、超小型住宅の建設アイディアはちょっとしたブームになっており、他の都市では政府補助住宅の建設コストを下げるために、3Dプリンターで48時間で完成する超小型住宅を検討、採用しているところもあります。 せっかく様々なアイディアが出る家元のシリコンバレーですので、こういった社会問題の解決にも、革新的アイディアがどんどん出て欲しいものです。
著者紹介
安藤千春/ Chako Ando
米国ベンチャー・イノベーションコンサルタント。サンフランシスコ・ベイエリアを拠点とし、米国の先端事例を参考に新規事業・リモートワーク・米国ベンチャー企業・イノベーション手法・フィンテック業界の調査、投資案件、日本企業との橋渡しを業務として活動。Cando Advisors LLC 代表。
(経歴)スタンフォード大学経営大学院修士(MBA): 東京外国語大学英米語学科卒業。旧日本興業銀行サンフランシスコ支店にてベンチャー・ファンド投資、住友銀行キャピタル・マーケッツ(NY)にてデリバティブ部門、大和証券ニューヨーク現地法人にてM&A、企業提携を担当。松井証券などのオンライン株式トレーディング・システム開発ベンチャー、ファイテック研究所の設立に参加。